それは満月の夜だった。
日の出ている間は時折雨も降っていたのだが、今は星もきれいに見えるほどなので晴れたのだろう。

「こんなところにいたんですね、

風邪をひいてしまいますよ、と上着をかけてくれるのは骸。
彼を一瞥してお礼を言いながら、なおも夜空を見上げる。
こんなにゆっくりとした時間を過ごすのは久しぶりだ。
ここのところ忙しくてそれどころではなかったのだが、ようやくひと段落した。
これまでゆっくりできなかった分を取り戻すようにじっと空を見つめ続ける。

「月が綺麗ですね」
「……何それ。告白?」

骸の顔へと視線を移せば、よくわからないと言った顔でこちらを見ている。
骸にこの話は難しかったか。
そもそも、現代の日本人でもこの話を知っている人なんてよほどの文学好きか、はたまたそういうことに明るい人間がそばにいたかだろう。

「一体何の話ですか?僕はただ月が綺麗だと、」
「かつて」

骸の話を遮って説明を始める。
知っていてくれたのならこんなに恥ずかしい思いをしなくて済むのだが。
なんて思ったところで、彼が知らないであろうことを想定できなかったのだから自業自得というだけか。

「『I love you.』という言葉を『月が綺麗ですねと訳しておきなさい』と言った日本人がいるんだって」
「そうなんですか」

素敵だよね、と同意を求めれば疑問形で返されるあたり、彼はイタリア人なのだなと実感する。
それでも、理解しようとしてくれるところが彼のやさしさなのだろうなと思うと笑みが零れる。

?」
「なんでもないよ。……本当に月が綺麗だね」

改めて月を見上げる。
本当に今日の月はいつもよりも綺麗に見える。
丸くて、明るくて、何よりも大切な人と見上げる夜空はいつもより輝いて見えた。

「それは、告白ですか?」
「……いや、違うよ」

きっと、骸に告げるならこんな言葉では足りない。
いつも好きだと伝えてくれる彼だから、「月が綺麗」という表現では足りない。
私が彼に伝えたい言葉、伝えるべき言葉は――

「ねえ骸。私、死んでもいいわ」

満月の見える夜に

――私はもうあなたのもの、だから。

あとがき(以下反転)

バイトからの帰り道に見えた月が本当に綺麗だったのです。それだけ。
どちらもそうですが、昔の日本の愛の表現というのは奥ゆかしくて素敵な表現が多いですよね。
愛の表現だけに限ったことではないかもしれませんが、愛の表現はそれが顕著な気がします。
こんな素敵な国に生を授かったことに、乾杯!

2015.08.02